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舟塚山古墳 ふなづかやまこふん
(石岡市北根本597・前方後円墳・国指定)
舟塚山古墳(石岡市)
(いずれも2024.12撮影)
県道沿いには「史跡 舟塚山古墳」と刻まれた石柱があって、ちかくの見学用駐車場から鹿島神社に向かう。
後円部の裾にある神社では、案内板が見学者を待っている。5世紀前半に築造されたこの前方後円墳は、東日本で2位の大きさ(茨城県内では最大)だと述べている。大きさを感じるのであれば、こちらだ。東日本1位・群馬県の天神山古墳は、墳丘全体を木々が被い、巨大さをあまり実感できなかったからだ。
舟塚山古墳(石岡市)案内板はさらに続ける。全長186m、後円部径90m、前方部幅100mで、高さは後円部11m、前方部10mで、副葬品として周溝から円筒埴輪が出土している。(ちかくの17号墳からは短甲や盾などが出土。)

 案内板を読み終え後円部の墳丘に取りついたら、平らな墳頂の一角に三角点があった(3等かな、文字がよく見えない。下掲のマップにも三角点の地図記号は載っている。)双耳峰の筑波山も間近に見え、爽快な気分になれた。
そして、前方部の裾には墓地が見えていたので、反対側に下りて雑草の刈られた墳丘を撮ったが、東日本2位は全体を収められなかった。(上の大きな写真で、実測図は案内板から撮ったけど、木漏れ日で見づらいのは仕方無い。墳丘の向きに合わせて回転してある。)
なお、巨大な舟塚山古墳が築造された石岡市に奈良時代、国府や国分寺がおかれたのは、この地が常陸の中心であったからか。
舟塚山古墳の周辺古墳マップ(石岡市)
(地図は国土地理院の電子地形図に写真を付加し、文字を追記) 
舟塚山古墳群で確認されているのは40基ほどで、この頁で紹介する7基は舟塚山支群に属する。盟主の舟塚山古墳は16号墳。周辺の小さな古墳は築造時期が新しいので、陪塚ではなく群集墳だ。(案内板では、17号墳を陪塚としている。)ちなみに、府中愛宕山古墳は6号墳になる。
駐車場に戻りながら古墳群を巡ってみたら、辺りには墓地が散在していた。わずか5基を確認しただけでも、15号墳と18号墳の同定には苦労した。
15号墳の横は竹林になっていて、なかを覗き込んでも盛上がりはなかった。横の、切り株が残る盛上がりが15号墳だと思われる。
18号墳はてまえの低い竹林ではなく、奥の竹林に少しばかりの盛上がりがあった。(盛上がりを写真には撮ったが、うまく表現できていなかった。)
<参考HP>
石岡市>舟塚山古墳 石岡市観光協会>舟塚山古墳
石岡市立ふるさと歴史館>舟塚山古墳とその時代(PDF)