ホーム | 古墳 | 城郭 | 旧跡ほか

十五郎穴横穴墓群 
じゅうごろうあなおうけつぼぐん

(ひたちなか市中根・横穴墓群・国指定)
十五郎穴横穴墓群(ひたちなか市)
(2025.1撮影)
虎塚古墳の見学を終え、耕作地よこの小道を進んでいたら標識のほかに、「倒木の恐れあり」の注意書きもあった。ここから左へ折れ、坂をどんどん下っていって心配になったところで、十五郎穴横穴墓群のお目見えであった。

横穴墓はふつう台地の崖に穴を掘って造られ、横穴式石室と構造が似ている。現地には、標柱のほかに案内板がある。(案内板は平成17年の日付があり、県指定時代のものである。)
274基が確認され(吉見百穴は219基)、実際には500基以上といわれる。ここには多くの横穴墓はないので、谷ごとに分かれた3支群のひとつの、その一部分と思われる。

上下2つが内部で繋がっている横穴墓、また線刻のような跡がある横穴墓があった。ただ、線刻跡は現在のいたずら書きであろう。(吉見百穴もいたずら書きが多かった。)令和6年に国指定。
見学を終えて上を見上げれば、倒れてきそうな木があって件の注意書きを思い出した。
なお、十郎・五郎という人が住んでいた伝承から、十五郎という名称が付けられたという。仇討ちで知られる曽我兄弟も、兄が曽我十郎祐成、弟が五郎時致であった。
<参考HP>
茨城県教育委員会>十五郎穴横穴群 
ひたちなか市>「十五郎穴横穴群」が国指定史跡になりました。
<追記>
ひたちなか市埋蔵文化財調査センターに、「ひたちなか埋文だより」が平積みされていた。後日、読んだ59号(2023.秋)の、国指定に関する記事では指渋(さしぶ)、館出(たてだし)、笠谷の3支群があって、訪れたのは館出支群であった。「館出支群の北端は、茨城県指定史跡になっていた場所です」に続き、遺跡保存活動について述べられていた。