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将門山古墳 まさかどやまこふん
(坂東市神田山 延命院・塚?)
将門山古墳(坂東市)
(いずれも2026.5撮影
カヤの大木の根が、埋葬された平将門の胴を守っているような塚である。木の根元にある古墳としては、穴薬師古墳(群馬県吉岡町)を見学している。将門ファンの方々なのか、お供えのペットボトルなどであふれていたが、見学日は休日なのに人影は無かった。
個人的には将門の胴塚でよいと思うのだが、岩井市教育委員会が立てた石柱には「埋蔵文化財 将門山古墳」と古墳の文字が刻まれて悩ましい。(右の石柱。左は「天然記念物 カヤ」である。なお、岩井市は猿島町と合併して坂東市に。)
墓地のてまえにある案内板では、天慶3年(940年)に将門は戦死し、首は(藤原秀郷によって)京に送られた。胴体はこの延命院境内に埋められ、将門山と呼ばれたという。案内板は古墳には触れていな毘沙門天(延命院、坂東市)いし、天慶は古墳時代ではなく、平安時代の元号である。

見学を終えて誰もいない、静寂に満ちた境内を散策してみた。
将門に相応しく毘沙門堂には武神の毘沙門天(左の写真、扉の格子の間から撮影)、将門山古墳ちかく如意輪観音の側には、六地蔵が佇んでいた。
<参考HP>
坂東市>延命院と胴塚