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山上城 やまかみじょう
(桐生市新里町山上 山上城跡公園・丘城・県指定)
     (いずれも2026.7撮影)
山上城(桐生市)写真が小さいので、拡大版はこちらでどうぞ。
雨模様の梅雨空は、無駄な時間を過ごせなくする。まず、櫓を模したのか山上城跡の文字を付したモニュメントが迎えてくれた。
木橋を渡って、細長い案内板を確認する。ただ、石のプレートに刻まれた文字はたいへん読みづらい。この案内板ほかによる、山上城の概要は次のとおり。
藤原秀郷の子孫といわれる山上五郎高綱が築城し、高綱の子である太郎高光は頼朝に仕えて、上杉が関東管領のときには東上州四家に数えられる。
関東は戦国時代には北条、武田、上杉が争って、山上城はちかくの膳城と同じような運命を辿った。武田勝頼に攻められ、廃城。
山上城の規模は南北650m、東西220mの細長い丘城である。丘城とはあまり聞き慣れないが、川や谷などの自然地形を要害とした城のようだ。構造については笹郭、北郭、本丸、二の丸、三の丸、南郭が一直線に並んでいる。

案内板を読み終え、公園として整備された城跡に足を踏み出したら、コンクリで囲まれた井戸が目に付いた。この井戸、城の中軸線上に位置するので、斜面を一直線に本丸まで上ってみよう。ただ、一面の芝生は濡れそぼっていて、キノコまで生えている。
三の丸の標柱ちかくに敷かれた石の列はなんだろうか。古墳の石室を示す石の配置と似ている。
二の丸は一段高くなっていて、芝生は無く地べたである。二の丸からさらに高くなったところが本丸だ。そして、本丸の端に山上城の標識を見つけたら、雨が落ちてきた。早々に退散する。
<参考HP>
桐生市>山上城跡公園 施設案内