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| 膳城 ぜんじょう (前橋市粕川町膳・平山城・県指定) |
![]() (いずれも2026.7撮影) |
| 当初の城主であった善氏は、鎌倉幕府に仕えた三善康信(みよしやすのぶ)の子孫と伝えられる。康信は公家の出身ながら幕府の重臣で、鎌倉殿の13人に数えられる。 膳城が知られるのは「膳城素肌攻め」だ。武田勝頼が平服のまま行軍中に膳城側から、ちょっかいを出されて反対に落城させてしまったのだ。天正8(1580年)の出来事で、関東は上杉、北条、武田の三つ巴の争いのなかで城主は代わっていく。 当日は本丸への道がわからなかったので、粕川歴史民俗資料館の職員さんに尋ねたら、お隣の文化財管理センターにある小道を辿ってと教えられた。 一旦下って上り返した本丸には石碑と案内板があるだけの空間で(上段の写真)、一辺45mの方形。湿気の高い梅雨時、短時間に見学を終えた。別の道を下って堀沿いを戻る際には、まだつぼみのユリが群生していた(下段写真の左側)。 |