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川俣締切跡 かわまたしめきりあと
(羽生市上新郷7066・県指定)
川俣締切跡(羽生市)
(2018.7撮影)
いまの利根川は銚子から太平洋に注いでいるが、近世以前は東京湾が河口だった。江戸幕府は銚子への東遷事業をすすめ、流路のひとつ、会の川(あいのかわ)を開府まえの文禄3(1594)年に締め切った。

記念碑は利根川に架かる昭和橋のちかく、「道の駅はにゅう」の端にあって、西向かいは川俣関所跡だ。
写真右の星形の碑には、「〆切神社」と刻まれている。すすんで人柱となった行者?を祀るもので、記念碑ともどもちかくの堤防下から移設された。案内板は、「石碑には史跡とあるが、場所の移動に伴い旧跡に指定替えとなった」と述べている(石碑とは写真左の記念碑のこと)。
さて、道の駅では、連れが農産物を求めているあいだ、こちらは売られていたメダカの「楊貴妃」や「みゆき」に夢中だった。
<追記>
後日、『家康、江戸を建てる』(門井慶喜著)を図書館で借りて読んだ。第1話「流れを変える」は、伊奈忠次をはじめ伊奈一族による利根川の東遷についてであった。
<参考HP>
羽生市観光協会>羽生市の歴史 
国土交通省関東地方整備局 利根川上流河川事務所>締め切り神社
(注)河川事務所のデータは移設まえの平成16年度末である。