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甲斐国分寺跡・甲斐国分尼寺跡 
甲斐国分寺跡と甲斐国分尼寺跡は南北に500mしか離れていない。はじめに国分寺跡を見学するつもりだったが、国分尼寺跡が見えたので、尼寺の見学を先にした。いずれにしろ、いまは礎石しか無く、雑草が生えた原っぱだった。
<参考HP>
笛吹市>甲斐国分寺跡 甲斐国分尼寺跡(PDF)

甲斐国分寺跡 かいこくぶんじあと
(笛吹市一宮町国分・国宝)
甲斐国分寺跡(笛吹市) (いずれも2025.10撮影)
ほかは見落としたかも知れないが、講堂跡のパネルはあった。講堂は僧侶が修行するための建物で、定員20人と決められていた(国分尼寺は尼僧10人)。
32個の礎石が確認できるはずだが、雑草も生えていてそんなには多くなかった(左の写真)。そして、青いビニールシートを被せてあるのが2カ所あって(右の写真)、まだ発掘しているのかな。
なお、いまのお寺である同名の国分寺がちかくあるので、お間違えのないように…、ナビに誘われ連れていかれました。

甲斐国分尼寺跡 かいこくぶんにじあと
(笛吹市一宮町東原・国指定)
甲斐国分尼寺跡(笛吹市)
立派な案内板によれば、聖武天皇の后である光明皇后の願いで建てられた、国分尼寺。国分寺とセットで残っているのは、珍しいみたいだ(国分尼寺のほうが所在不明)。
見学済みの下野の国分寺跡と国分尼寺跡は幸いにもセットであった。なお、尼寺で調査が済んだのは金堂跡(右の写真)と講堂跡(左の写真)である。