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下野国分寺跡・国分尼寺跡 
しもつけこくぶんじあと・こくぶんにじあと

(下野市国分寺・国指定)
下野国国分寺跡(下野市)

下野国国分尼寺跡(下野市)
(2019.4撮影)
見学日には天平の丘公園では、はな祭りを開催していて、多くの花見客が八重桜のもとで飲食していた。出店も多い。
西の国分寺跡(上の写真)と東の国分尼寺跡(下の写真)は、しもつけ風土記の丘資料館を挟み600mほど離れている。往時、順に20人の僧、10人の尼がお勤めに励んでいたところだ。

天平13年(741年)、聖武天皇は国ごとに官立の国分寺と国分尼寺の造立を命じた。南から、南大門、中門、金堂、講堂が建てられ、東大寺(奈良市)と同じ並び方だという。なお、国分寺にある塔は尼寺には建てられなかった。
いまは伽藍の基壇と礎石が復元されているが、ほかは何も無い。写真を見てのとおり平面的な空間で、見学者が時折、訪れる程度ですぐに立ち去ってしまう。花まつりの喧噪からは信じられない。
なお、国分寺跡の南西には、森にしか見えない甲塚古墳がある。
<参考HP>
下野市>下野国分寺跡 下野市>下野国分尼寺跡