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浅間神社古墳 せんげんじんじゃこふん (川越市富士見町21・円墳・市指定 ) |
(いずれも2018.2撮影) |
古墳より境内にある「占肩(うらかた)の鹿見塚(ししみづか)」碑(左の写真)のほうが知られている。古代には太占(ふとまに)の習慣があり、鹿見塚とは鹿狩りをするときの物見台だ。 この地でうまれた万葉歌が「武蔵野に占へ肩灼きまさでにも告らぬ君が名うらに出にけり」(万葉集巻14東歌)で、女性の恋心と占い好きはいまも同じかも。ただ、鹿見塚自体は壊されて東武線の線路が敷かれている。 さて、浅間神社本殿が墳頂にある円墳は別名、母塚。父塚はおちかくの愛宕神社古墳だ。 案内板によれば、6世紀中ごろに築造された円墳は、高さ5m、周囲42mで周溝があり、農業村落の指導者の墓と考えられている。 <参考HP> カワゴエール>仙波浅間神社・浅間神社古墳(母塚) |