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文殊山古墳 もんじゅやまこふん (太田市世良田町3119-4・前方後円墳 ) |
(いずれも2018.3撮影) |
世良田(せらだ)の歴史公園には北から長楽寺、東照宮、新田荘歴史資料館がある。長楽寺境内の文殊山は、得川(徳川)義季(よしすえ)をはじめとした累代の墓所になっている。義季は新田義重の四男だ。そして、文殊山は前方後円墳の後円部に当たると、ここにあった宝塔(右の写真、国指定重要文化財)の案内板に述べられていた。 以下、余談。世良田のある旧尾島町を、地元では「徳川氏発祥の地」としている。このあたりの事情は太田市観光協会のHPに詳しい。 太田市観光協会>徳川氏発祥の地 云われ 家康は源氏の系譜を欲しかったのかな。義季の父親である義重の祖父は源義家だ。さて、長楽寺遺跡1号墳が歴史資料館まえにあるので、つぎに紹介しよう。 長楽寺遺跡1号墳 ちょうらくじいせきいちごうふん (太田市世良田町3113-9・円墳 ) 新田荘歴史資料館の前身、東毛歴史資料館建設まえの発掘調査で、周溝と石槨(せっかく)が見つかった。石槨の位置をあらわしたもの(写真)が、資料館のエントランスてまえにある。石槨とは棺を納める石の箱で、粘土槨が残されていたのは前橋天神山古墳だ。なお、見学日には工事をしていて、作業用軽トラを移動してもらって撮影した。 |