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五鈴鏡出土古墳・久呂保村5号古墳・鍛屋地2号古墳 
ごれいきょう…・くろほむら…・かじやち…

沼田市の古墳やお城からの帰路、昭和インターに向かう際に立ち寄ったが、3基は100m圏内に存在する。

五鈴鏡出土古墳(群馬県昭和村森下・円墳)
五鈴鏡出土古墳(群馬県昭和村森下)
(いずれも2026.3撮影)
五鈴鏡(ごれいきょう)出土古墳とは、出土品をそのままに表記した古墳名ではないか。住所を表わした古墳(綿貫町堀米内1547所在古墳)もあったが、出土品の名前なんて初めてだ。
五鈴鏡五鈴鏡は丸い鏡の周りに、5つの鈴を取り付けてある。右はイラストにしたもので、鈴の1つを頭とすれば足が4つでカメさんそっくりだ。
東京国立博物館に収蔵されているので、ネットで確認する。出土地の昭和村森下はいいのだが、古墳名が無い。(ほかの五鈴鏡の写真は古墳名を明記)。しかも、同じ大字の鍛屋地古墳からも五鈴鏡が出土しているので、参考程度に。

さて、五鈴鏡出土古墳である。標柱はあっても、案内板が見当たらない。『群馬県古墳総覧』では別名の久呂保村3号古墳で掲載され、径18尺は5.5mほどで、出土品は五鈴鏡のほか直刀、曲玉などだ。この五鈴鏡出土古墳は新築住宅のまえにあって、どうやら消滅は免れたようだ。
<参考HP>
東京国立博物館 画像検索>五鈴鏡
<追記>
『古鏡』(小林行雄著)によれば、鈴鏡の鋳型をつくるには、鈴の部分は外型のほかに内型が必要で、内型の土のなかに埋め込んだ小石によって鈴が鳴るわけだ。そして、巫女の埴輪には腰に鈴鏡を下げている場合があるという。

久呂保村5号古墳(群馬県昭和村森下・円墳)
久呂保村5号古墳(群馬県昭和村森下)
五鈴鏡出土古墳からは道路を挟んだ耕作地のなかに、いかにも「古墳です」といった盛上がりがある。耕作地では土中の石をまとめているところがあるが、こちらは石室材のような巨石も含まれている。
気になるので、念のために写真を撮っておいた。帰宅後に調べたら、久呂保村5号墳であった。径は30尺だから9mほどだ。
なお、耕作地のなかの積み石については、大類積石塚古墳(埼玉県毛呂山町)を参照して下さい。

鍛屋地2号古墳(群馬県昭和村森下・円墳・村指定)
鍛屋地2号古墳(群馬県昭和村森下)
鍛屋地古墳公園として整備してあって、てまえには駐車場もある。ただ、遊具が無いからか、子どもの姿は見えない。
案内板を読めば、土地改良工事に伴って平成5年度に発掘調査されている。径は19.1m、横穴式石室の全長は7.6mで、利根沼田地方では最大級の規模という。ちなみに、秋塚9号古墳(沼田市)は径23m、石室全長8.6mなので、最大級の「級」の字がミソだな。築造は7世紀前半から8世紀初頭。
そして、この案内板では石室の説明に多くを費やしているが、こちらは自然石乱石積みの一言で済まそう。石室からは五鈴鏡のほかに、武器・馬具類などが出土している。この辺りの古墳は五鈴鏡が約束事かな。なお、墳丘を被っているのは防草砂と思われる。

以下、余談です。見学後に訪れた昭和インターちかくの、道の駅あぐりーむ昭和。祝日なので、かなりの人出だ。食事をしたり、野菜を求めたり、足湯をしている人も。そして、雪の上州武尊山や谷川連峰が垣間見え、むかし登った懐かしさなのか、しばらく見とれていた。
<参考HP>
昭和村>鍛屋地古墳