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| 桜土手古墳群 さくらどてこふんぐん (秦野市堀山下 桜土手古墳公園・円墳・保存古墳は市指定) |
![]() (いずれも2026.1撮影) |
| はじめに余談を。桜土手古墳群に向かうのに、車の古いナビは秦野中井IC(東名)を下り口にしたが、スマホが教えてくれた、より近い秦野丹沢スマートIC(新東名)を選んだ。 なお、電車では最寄りは渋沢駅で、丹沢の山を登るのに何回か利用したので懐かしい。駅からはヤビツ峠へバス便がある。 桜土手古墳群である。大寒を過ぎた冬空に、古墳公園にはいくつかの小円墳が寒そうに佇んでいた。 はだの歴史博物館まえの案内板によれば、桜土手古墳群は水無川右岸の35基の円墳から構成される群集墳で、横穴式石室からは土器、装飾品が出土している。築造は6世紀末から8世紀初頭。保存された6基が枯れた芝なのに、1基だけ石が葺かれている古墳がある。発掘調査時(昭和49年)の図面や写真をもとに、復元された1号墳だ。径28m、高さ5.6mで、周溝の幅は5m。(上の2枚目の写真。保存古墳は公園内に6基、隣の2つの工場にも5基と1基があって、ともに秦野市の史跡。) 寒さに震えながら案内板を読んでいたら、居合わせた子どもたちは元気で、葺石を足ががりに墳頂まで駆け上がった。 別の案内板では、1号墳と7号墳は盛土が崩れるのを防ぐため、石垣状の石組みが石室を取り巻いて墳丘のなかにあるという。墳丘内石垣なんて、はじめて知った。 博物館ではビデオなのか復元の様子が映っていたが、仕事着ではなく古墳人の衣装で作業すればよいのにと思った。なお、1号墳の墳丘から出土したのは割られた大甕で、儀礼に使われたようだ(上の古墳群全体図の左下)。 古墳群全体図は1号墳の説明パネルから、大甕ははだの歴史博物館で撮影した。全体図の赤丸についての説明書きは無かった。 <参考HP> 秦野市>桜土手古墳群 |