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おくま山古墳  おくまやまこふん
(東松山市古凍・前方後円墳?・市指定)
おくま山古墳 (東松山市)
(盾持人埴輪2019.6、ほか2018.11撮影)
東松山バイパスの喧噪を外れて、付近には田園風景が拡がる。おくま山古墳は野本将軍塚古墳の東1.5キロほどにあって、柏崎1号墳でもある。
柏崎古墳群の現存13基を代表する古墳で、アルミ?製の案内板は、西日が当たってとても読みづらい。

おくま山古墳の実測図と盾持ち人物埴輪 (東松山市)案内板によれば、全長62mの前方後円墳には幅10m、深さ1.7mの周溝がある(右上の実測図参照、案内板から撮影)。
昭和61年と平成7年には調査されて周溝内から、盾持人埴輪4体(右下の写真、東松山市埋蔵文化財センターで撮影)のほか円筒埴輪や朝顔形埴輪が出土している。センターの説明プレートによれば、盾持人埴輪は4体とは別の埴輪片があって、すくなくとも6体だったと考えられている。
また、榛名山系の二ツ岳が6世紀に噴火し、火山灰が、周溝に薄く積もっていたという。埴輪や火山灰により、築造は6世紀はじめである。二ツ岳の噴火については、渋川市の虚空蔵塚古墳の頁でも触れている。

前方部の裾にある案内板をあとに、参道のように行儀よく並んだ木立のあいだを上ったら後円部の墳頂で、熊野神社の祠があった。この神社の名称から熊野山古墳の別名があり、おくま山古墳に変化したと考えてみた。
そして、一般の前方後円墳としては体をなしていないので、帆立貝形と思われる。

柏崎3号墳 かしわざき…(東松山市古凍・円墳)
柏崎3号墳 (東松山市)おくま山古墳の東150mほどには、おなじ柏崎古墳群の柏崎3号墳がある。
周囲を畑に囲まれた小さな円墳で、ネギの収穫をされていたので、妨げにならないよう素早く撮影を終えた。ただ、案内板はなさそうで情報はまったく無い。