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八龍神塚古墳 はちりゅうじんづかこふん
(茨城県境町金岡・円墳・町指定)
八龍神塚古墳(茨城県境町)
(いずれも2026.5撮影
石室へ至る水路のような道を、龍がのたうち回っている姿に勝手に見立ててみる。だが、八龍神という名前にしては、こぢんまりとした印象を受けた。まあ、耕作地にあるので、雨乞いの関係からの名付けでしょう。

ひび割れて、とっても読みづらい案内板によれば明治42年、山林を開墾しているときに発見。径25m、高さ4mの墳丘は、利根川の堤を改修するために削られている。こぢんまり見えるわけだ。同じ茨城県の三昧塚古墳(行方市)が削られたのは、霞ヶ浦の堤を工事するためだった。
砂岩質の切石を積み上げた、横穴式石室から出土した直刀、金環などの遺物は当時の帝室博物館に。開口部は狭そうだったが、玄室に入室したら十分な高さ(2.4m)があって、ドーム状の構造を堪能できた。羨道はほとんど壊されている。古墳時代後期(6世紀末から7世紀)の築造である。
<参考HP>
茨城県境町>16.八龍神塚古墳