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新田義貞公首墳 …よしさだこうしゅふん?
太田市世良田町
新田義貞公首墳(太田市)
(2022.9撮影)
耕作地のなかに新しく整備された遺跡には、小径が付けられていた。写真の左上にかすかに見えるのは、上武国道の高架だ。
越前で討ち死にした義貞の、首級は京で足利尊氏の首実検後にさらされ、世良田満義(義貞の義弟)が新田庄に持ち帰った。そして、埋葬されたところが、この小角田前(こすみだまえ)古墳群1号墳の後円部になる。2号墳出土の武人埴輪は国指定重文で天理大学の所蔵。
以上は、新田氏研究会による、長文の案内板からの抜き書きで、ともに前方後円墳である1号墳、2号墳は、すでに消滅している。全長は順に73m、91m、ほかに8基の円墳で古墳群を構成している。

新田氏研究会が義貞の首塚を整備し、五輪塔の設置も予定されているが、太田市は関わっていないのだろうか。
そして、転戦がつづいた義貞の首塚は各地にあって、ちかくでは新田塚古墳がある。郷土の英雄は出身地に眠るが相応しいと思うけど、真の首塚はどこなのか。浅学の者にはよくわからない。「しゅふん」、「くびふん」、首墳の読み方もわからない。