ホーム | 古墳 | 城郭 | 旧跡ほか

渡良瀬遊水地 わたらせゆうすいち
谷中村役場跡
 やなかむらやくばあと
(栃木市藤岡町内野)
渡良瀬遊水地 谷中村役場跡(栃木市)
(谷中村役場跡2022.3、旧足尾町2015.9撮影)
昔むかし、渡良瀬遊水地を訪れたときには自然のままというか、寂しさが漂っていたが、いまは明るく整備され、谷中村役場跡には四阿まで設けられている。
付近では、野鳥観察やサイクリングの人たちが目に付いた。2012年、ラムサール条約湿地に登録。

役場跡ちかくには案内板がある。この地は土壌が肥沃で魚介類が豊富なので、住民は農業や漁業で生計を立てていた。ただ、洪水には頻繁に見舞われ、家々には水塚(みづか)が用意されている。いまでも、古墳のような盛上がりをあちこちに見渡せる。
谷中村が合併によって誕生した明治20年代、足尾銅山による鉱毒被害が拡大し、田中正造が救済に乗り出す。そして、堤防の内側(堤内地)を遊水地にするため明治39年、谷中村は廃村に。

上の写真は谷中村役場跡で、左上は体験活動センターわたらせで頂いたダムカード。谷中湖とも呼ばれる渡良瀬貯水池は日本初の平地型ダムで、谷中村の遺構を残すためにハート形になった。(遊水「地」と貯水「池」の違いにご注意を。)なお、黄色の星印はこちらで付記した、谷中村役場跡辺り。
製錬所の大煙突、足尾砂防ダム(日光市足尾町)帰路に寄った栃木市藤岡歴史民俗資料館では田中正造の展示コーナーがあって、興味のある方はどうぞ。正造の杖は木を切っただけのようで、好感がもてた。
左の写真は以前、中倉山登山のため旧足尾町を訪れた際に撮った。上が製錬所の大煙突、下が足尾砂防ダム。鉱毒問題の発生地と解決地には、ともにダムがあるわけだ。
<参考HP>
栃木市渡良瀬遊水地WEB>渡良瀬遊水地の歴史