ホーム | 古墳 | 城郭 | 旧跡ほか

畠山重忠像 はたけやましげただぞう
畠山重忠公史跡公園 (深谷市畠山510-2
畠山重忠と愛馬三日月(畠山重忠公史跡公園)
(2017.4撮影)
この像は一ノ谷合戦での「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」を表したものだ。
愛馬・三日月を背負い崖を降りる重忠だが、背負うというより三日月が重忠に寄りかかっているようにも見える。なにしろ、馬の後ろ足が地に着いているのだから…、もっとも像としての安定を考えたものかも。そして、信頼されていた頼朝の死後、重忠は謀反の疑いで北条氏に滅ぼされる。
像があるのは深谷市(旧川本町)の畠山重忠公史跡公園。ほかに五輪塔(重忠と家臣の墓)、産湯の井戸がある。五輪塔を収めた覆屋(おおいや)のチャイムを押したら、案内の声が聞こえてきた。
<参考HP> 深谷市観光協会>畠山重忠

菅谷館跡埼玉県嵐山町菅谷757
 畠山重忠(菅谷館跡)
(2018.4撮影)
畠山重忠が暮らしていた菅谷館跡。その二ノ郭にある土塁のうえで、鎌倉の方向を見つめる重忠だ。甲冑姿とはちがって、平時に政務を司っている姿であろうか。
竹の骨組みを使った竹筋コンクリート製で、昭和4年に造られた。嵐山町指定の文化財である。
<参考HP>埼玉県立嵐山史跡の博物館>畠山重忠と菅谷館跡

武蔵御嶽神社(青梅市御岳山176)
畠山重忠と愛馬三日月(武藏御嶽神社・宝物殿)
(2011.10撮影) 
大岳山に登るときに利用した、ケーブルカーの御嶽山駅から20分ほどで武蔵御嶽神社だ。その本殿の下にあるのが、宝物殿。重忠が奉納した国宝の赤糸威大鎧(あかいとおどしのおおよろい)が納められている。
ここで馬上の重忠に会えるとは思いもしなかった。 やけに白いのはアルミ製とのことで、北村西望の作品。軽いだろうけど、夏は熱くならないかな。
<参考HP> 武蔵御嶽神社>宝物殿