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殿塚古墳・姫塚古墳 
とのづかこふん・ひめづかこふん

(千葉県横芝光町中台・前方後円墳・国指定)
殿塚古墳・姫塚古墳(千葉県横芝光町中台)、武人埴輪
(いずれも2025.12撮影)
成田国際空港をようやく過ぎ、芝山はにわ道を進んでいたら、道沿いに埴輪のオブジェがいくつも見える。ただ、芝山古墳群への入り道がわかりづらいので要注意だ。
殿塚と姫塚、誰が名付けたのか素晴らしいネーミングだ。いずれの古墳も雑草は刈られ、落ち葉も掃除され、さすがは国指定だ。冬空のもと、清涼な空気に包まれて、ペアの古墳は行儀よく並んでいた。
ほかに見学者はいない。右上の写真が殿塚古墳、右下が姫塚古墳で、2基とも手前の前方部から奥の後円部をのぞんでいる。小さな写真は3号古墳。姫塚から出土のあごひげの男子は、芝山町立芝山古墳・はにわ博物館で見学できる。

まず姫塚古墳の後円部に取りついたが、墳頂からのくびれ部ははっきりして、姿が良い。前方部から下りたら小さな盛上がりがあって、側に簡易な案内板が設置されていた。これが3号古墳である。
そして、はるかに大きい殿塚古墳の前方部に取りついたが、こちらもくびれ部は良かった。後円部を下りたら、姫塚古墳と違ってテラスが際立っていた。そして、詳細な案内板を見つけた。
この案内板ほかの説明では、木戸川流域の標高40mの台地にある芝山古墳群の主墳で、昭和31年の発掘調査では姫塚古墳の前方部北側に大型の人物埴輪や馬型埴輪がもとの位置で横倒しなっていた。(博物館の展示では「北中段テラスに40体以上の形象埴輪全て北側を向いて並べられていた」である。)なお、殿塚古墳では埴輪が墳丘の斜面や周溝内に転落していた。
武人埴輪・はいもとろう人・ひざまづく男(芝山町立芝山古墳・はにわ博物館)殿塚古墳が全長89m、高さ7.8m、築造は6世紀中ごろ。姫塚古墳は全長59m、高さ4.8m、築造は6世紀後半。この2基は2段築成で、二重の長方形周溝が巡る前方後円墳である。

3枚組の写真は上が博物館展示の一部で、あごひげの男子に目がいく。右下は、はいもとろう人(殿塚出土)、左下が、ひざまづく男(姫塚出土)で個人的に気になる2体だ。
あごひげの男子は山高帽を被って、豊かなひげを胸まで垂らし、巷ではユダヤ人埴輪として知られるようになった。鼻は高く、美豆良も特徴的だ。はにわ博物館で撮影したが、古墳からは遠いなと思っていたら、隣町の芝山町にあった(古墳は横芝光町)。そういえば、埴輪のオブジェは殿塚・姫塚の古墳が近づくにつれ、姿を消していた。
<参考HP>
芝山町立芝山古墳・はにわ博物館
千葉県>芝山古墳群(殿塚・姫塚)出土埴輪