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白石稲荷山古墳 しろいしいなりやまこふん
(藤岡市白石稲荷原1365ほか・前方後円墳・国指定)
白石稲荷山古墳(藤岡市)
(切妻造家2025.4、ほか2019.4撮影)
遠くからでも前方後円墳とわかる大きさだ。後円部には大きな桜やカエデがあって、春の花見、秋の紅葉を楽しめそうだ。そして、となりのゴルフ練習場から時折、ボールを打つ音が響いてくる。カーン。

白石稲荷山古墳の墳頂、家形埴輪(藤岡市)案内板によれば、全長175m、後円部径92m、高さ13.5mで、北にある十二天塚古墳や十二天塚北古墳を陪塚として、河岸段丘の地形を生かして5世紀前半に築造された。
眺めがよく、太田市の寺山古墳と雰囲気が似ている。
昭和8年の調査では後円部の墳頂から東西2つの竪穴式礫槨(れきかく)が確認され、多くの副葬品のほか家形埴輪が出土。
左下の写真は東の礫槨から出た切妻造家(住居、東京国立博物館蔵)で、群馬県立歴史博物館での出戻り展示の際に、実物を撮影した。当時としては豪族の館で、高さ64cm、長さ77cmほど。表面には赤色顔料が塗られているところがある。(現地の案内板は、寄棟造高床倉庫を掲載している。)

最後に、左上の小さな写真について。後円部墳頂の様子で、右の稲荷山古墳碑(案内板の後ろに)は石材で土台を固めている。左は稲荷神社の碑で、古墳名になったものと思われる。なお、帝国博物館(いまの東京国立博物館)の買い上げになった、出土品の報酬によってこれらの碑が建立されている。
<追記>
2019年、藤岡市、群馬県立歴史博物館、早稲田大学が実施した非破壊調査で、前方部に新たな埋葬施設を確認した。ただ、全長は案内板掲載より20m短い155mであった。
<参考HP>
藤岡市>白石稲荷山古墳