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瀬戸岡古墳群 せとおかこふんぐん
(あきる野市瀬戸岡・都指定)
瀬戸岡古墳群(あきる野市)
(いずれも2026.1撮影)
大塚古墳の見学を終えて、瀬戸岡古墳群へ。いずれも日の出ICにちかく、車利用者には好ましい。ただ、古墳の見学には駐車の困難性が伴っている。
瀬戸岡古墳群はフェンスで囲まれ古墳の痕跡を探しても、素人目にはなにも無かった(上の写真)。
フェンスちかくの案内板によれば、都指定は大正15年と古い。発見もこの年で、300mの範囲に50基ほどで構成される群集墳だ。案内板は続けて、竪穴式石室的横穴式石室と述べているが、後藤守一の名付けらしい。火葬後の遺骨を収めた蔵骨器(骨蔵器か)は、後世に石室を再利用したもので、古墳自体の築造は7世紀代。

つぎは、離れたところにある石室の見学だ。住宅地を縫う狭い道路を経て、フェンスで囲まれていた石室に至った(下の写真)。これが竪穴式石室的横穴式石室なんだ、ほかでもよく見たような気が…。写真の右上には自然石が積まれ、これらも石材の一部だろう。
石室の案内板に登場し当時、調査に当たったのは鳥居龍蔵、後藤守一だ。考古学関係の本で名前を時折、見かける。