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秋葉山古墳群 あきばやまこふんぐん
(海老名市上今泉・前方後円墳3基、前方後方墳1基、方墳1基・国指定)
秋葉山古墳群の標柱、模型(海老名市)
(いずれも2026.1撮影)
老人ホーム沿いの狭い脇道を進んでいたら、1号墳に辿り着いた。駐車スペースは数台分ありそうだ。案内板が設置されていたが、意外に高くて背の低い方は読みづらいのでは。「史跡 秋葉山古墳群」と刻まれた石碑も新しく立派だ。なにしろ国指定なのだ。
案内板では、ここは座間丘陵のもっとも高いところで、標高は75〜80m。西には相模川が流れ、東側は宅地がせまっている。時折、散歩する住民の方にお会いする。
見学した順では、南から尾根筋に沿って1→2→3→5→4号墳(写真左下、古墳群の模型は海老名市立郷土資料館で撮影し、古墳のナンバーを付記した。)
秋葉山古墳群は3世紀後半から4世紀後半(前半?)に築かれ、卑弥呼のつぎ、台与(とよ)の時代と重なるという。東日本では貴重な古墳なので、平成17年に国指定になった。そして、築造を終えた秋葉山古墳群は、南の上浜田古墳群にバトンを渡している。

秋葉山1号墳(別名、山王山。前方後円墳)
秋葉山1号墳(海老名市)墳長59m、後円部の径33mで、築造は4世紀前半(郷土資料館でいただいたリーフレット『史跡秋葉山古墳群』より)。案内板や標柱のうらで、見学者を待っている秋葉山1号墳。古墳群ではもっとも新しく、案内板では築造は4世紀後半である。山王社の祠があったので、別名が山王山。

秋葉山2号墳(別名、秋葉山。前方後円墳)
秋葉山2号墳(海老名市)墳長50.5mで、後円部の径33m。築造は3世紀末〜4世紀初頭。後円部の径は1号墳と同じ。水銀朱付着の土器が出土している。この2号墳に秋葉社(防火の神さまをまつる祠)があったので、秋葉山古墳群と名付けられたという。後円部の墳頂には大きな憲政碑はあるが、祠は見当たらなかった。

秋葉山3号墳(前方後円墳)
秋葉山3号墳(海老名市)前方部は、昭和30年代に削られ、残存していないので、現状は円墳のように見える。墳長の推定51mは、郷土史家が大正時代に残した記録から。後円部の径は38〜40m。築造は3世紀後半。水銀朱付着の土器が出土している。なお、墳頂には謎の、四角い建造物があった(下掲の4枚組写真の1枚)。教育勅語などを納めた奉安殿かな。自信は、ありません。古墳の上に残っている奉安殿は、前橋市の紅葉山古墳を見学している。

秋葉山5号墳(方墳)
秋葉山5号墳(海老名市)墳長は1辺20m。築造は4世紀前半。見た目には、高さがあまりなく目立たない。4号墳よりさきにお目見えであった。そして、写真の右下の石材、なんとなく気になるが、いかがでしょう。

秋葉山4号墳(前方後方墳)
秋葉山4号墳(海老名市)墳長は37.5m。築造は3世紀後半。この4号墳には西側の住宅が接近していて、フェンスが二重になっている箇所があった。こちらも、高さはあまり感じられない。

以下、参考までに。左から2号墳墳頂の憲政碑、3号墳墳頂の謎の建造物、2号墳出土の底部穿孔土器、3号墳出土の壺。土器と壺は郷土資料館での撮影で、これらには水銀朱は付いてなさそうだ。
秋葉山2号墳の憲政碑、3号墳の謎の建造物、2号墳の底部穿孔土器、3号墳の壺(海老名市)

秋葉山6号墳(墳形不明)
秋葉山6号墳(海老名市)国指定された古墳群に、含まれるのか? 調査もされていないので、規模も不明だ。グーグルマップでは6号墳があるので、訪ねてみた。4号墳から北に、250mほど。自然緑地内の少しばかりの盛上がりには案内板など無く、「古墳のようだ」という地元の方も詳しくはご存知でなかった。
<参考HP>
海老名市>国指定史跡 秋葉山古墳群