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館林城 たてばやしじょう (館林市城町3・平城) |
![]() (模型2022.9、ほか2020.11撮影) |
城沼(じょうぬま)を東の外堀にする別名、尾曳(おびき)城。館林かるたに「城跡に 面影うつす 土橋門」 と詠まれ、いまや往時を偲べるのは、三の丸のこの門と土塁だ。 土橋門は明治7年の大火によって焼失し、昭和58年に新たに再建されている。三の丸には、カルピスホール(文化会館大ホール)のほか第一資料館のある図書館も建っている。親切な資料館の職員からは、門の場所を教えていただいた。 ![]() 天正18年(1590年)に家康の関東入封によって榊原康政が城主となり、のちに綱吉も務めるなど東北方面への要所で、最後の城主は秋元氏である。 なお、説明板は門の正面と裏に設置してあり、同じ文章だった。 つぎに、写真の説明を。上の大きな写真が土橋門で、てまえに間知石(けんちいし)が5つ並んでいる。第二資料館の庭には間知石のほか角石(すみいし)も展示され、石のちがいを解説した説明板もある。(城の模型は後日、第一資料館で撮った。) 第二資料館には旧上毛モスリン事務所(右上の写真)、田山花袋旧居(右中)がある。見学の最後に、旧秋元別邸(右下)を訪れたが、いずれも無料だった。 |