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高山彦九郎宅跡 たかやまひこくろうたくあと
(太田市細谷町1324-2・国指定)
高山彦九郎宅跡(太田市)
(2018.7撮影)
高山彦九郎は延享4(1747)年生まれの尊皇思想家で、その名は群馬県人でもあまり知らない。「上毛かるた」にも登場していないので、こどもの頃にすり込まれていない。しかも、教科書でもお目に掛からなかった。
ただ、彦九郎についてはなぜか記憶にあった。高山彦九郎宅跡ちかくの記念館を訪れたら、吉村昭『彦九郎山河』(文藝春秋)が展示してあったので、以前この単行本を読んだからだと気づいた。読み返してみても、世上いわれているような奇人・変人ではない。明治維新の思想的な礎となった彼の、細谷村の家族を心配しつつ江戸→青森→京都→九州を巡る旅の様子であった。

宅跡は畑になっていて手前に記念碑と案内板、そして畑のなかに石柱で囲まれた井戸跡があった。なお、遺髪塚がちかくの墓地にあるが、彦九郎の墓は福岡県久留米市に。
<参考HP>
太田市>高山彦九郎宅跡附遺髪塚 高山彦九郎記念館